自らはテニス競技者として中学生から大学卒業まで活動。 競技者としての成果・成績は残せなかったものの、父 坂井善郎は、1965年 第20回甲子園ボウル(アメリカンフットボール)優勝、叔父 坂井利郎は、日本テニス協会の常務理事(現任)、従弟 坂井利彰は、慶應義塾大学体育会庭球部監督(現任)、義父 鶴島琢夫は日本卓球協会の評議員(現任)を務めるなど、アスリート環境の中に身を置く中で、その経験や環境からアスリートを中心としたプロフェッショナル人材に対する育成・教育に関心を持つようになり、現在に至る。